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経営難 たこフェリー1隻売却 2010/03末

たこフェリー:「あさなぎ丸」最終航海 震災時に活躍 <MSN産経 2010/03/27>を添削

 明石淡路フェリー(明石市、愛称たこフェリー)の「あさなぎ丸」が2010/03/28、18年間の営業航海を終了する。阪神淡路大震災時は救援物資の緊急輸送船として活躍したが、高速道路の割引制度による経営悪化で、売却されることになった。高速道路の割引開始から約1年。タイでの第二の航海を前に、最終航海日は処女航海時から船長を務める大手正高(47)が万感の思いを胸に舵を取る。

 あさなぎ丸は全長約65m、1381トンで467人乗り。1991年、約15億円以上をかけて新来島どっく太平工場(現在の新来島広島どっく)で建造された。明石淡路フェリーが所有する3隻のフェリーのうち最も新しい船として、明石港と淡路島の岩屋港を年間約4500往復するなど利用者に親しまれてきた。

 それでも、2009/03/20から始まった高速道路料金の土日祝日の上限1000円の影響で、明石淡路フェリーの2009年の売上げは前年比でほぼ半減。資金繰りが悪化した明石淡路フェリーは2010/01、あさなぎ丸をタイのフェリー会社に約1億5000万円で売却し、運行は残りの2隻で続けることになった。

 「入社した年もほとんど一緒で、造船所のあさなぎ丸が鉄板1枚だったときからの付き合い。やっぱり、愛着がありますね」と、建造時の工務監督を務め、18年間にわたってあさなぎ丸の船長を務めてきた大手は話す。

 阪神淡路大震災では、地震発生1週間後から、あさなぎ丸に船長として乗り組み、明石港から地震で被害を受けた淡路島北部に仮設トイレや食料など救援物資を緊急輸送した。船員が足りず、機器の点検も不十分だったが「船乗りとして『こういう時こそがんばらなければ』と船を出した」と大手。
 熊本県天草市出身。父親を含め、親族は皆、船員という家庭で育ち、1990/10、明石淡路フェリーの前身となる明岩海峡フェリーに入社した。
 あさなぎ丸の船長は6人の社員が持ち回りで担当している。「最後の航海の日に、たまたま船長として乗り組むことができて幸運だと思う」。大手は言葉に力を込めた。

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たこフェリー:1隻売却 2010/03末 維持費年間3000万円カット <2010/01/08 読売新聞>を添削

 高速1000円の影響などで経営難に陥っている明石淡路フェリー(たこフェリー)は2010/01/07、所有する3隻のフェリーのうち「あさなぎ丸」(1381トン、467人乗り)を2010/03末で、タイのフェリー会社に売却すると発表した。年間の維持費約3000万円がカットできる。2隻体制で運航ダイヤは維持できるが、昨夏に好評を博した「ビアガーデンクルーズ」などのイベントや繁忙期の増便が難しくなる。

 あさなぎ丸は、明石淡路フェリーの前身である明岩海峡フェリーが1991年に建造。船体にイルカの絵が描かれ、明石~岩屋を年間約4500往復するなど利用者に親しまれていた。
 2009/03末以降、本格的に始まった土日祝の高速道路料金の引下げの影響で、売上高が前年同期比でほぼ半減。経営改善のため、売却に踏み切った。売却額は1億円以上。明石淡路フェリーは「残りの2隻がドック入りした時は予備の船がなくなって減便ダイヤになるなど、乗客に迷惑がかかるが、航路維持のために理解してほしい」としている。

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2010/03/27 (Sat.) Comment(0) 神戸の海:明石海峡

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