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航路の行方 たこフェリー休止へ

【航路の行方】たこフェリー休止へ (上)苦渋の会見再開 展望示せず <神戸新聞 2010/10/16>を添削

 ぎりぎりの調整も功を奏さず、2010/10/15の明石淡路フェリー臨時株主総会で得られた結論は休止だった。揺れ続ける明石~淡路航路。今後、再開か、あるいは廃止かを含め、重大な局面を迎える。

 「民間企業として、これ以上の経営努力はできない」

 2010/10/15 15:30。明石市役所で始まった記者会見で、明石淡路フェリー社長の大麻一秀は語気を強めた。定期航路事業の休止は、事業者による届出で可能。大麻の表明は、明石海峡で56年に及ぶ運航の休止という歴史的宣言だった。

 苦境の始まりは明石海峡大橋の開通だった。輸送実績が激減した航路を明石淡路フェリーが引き継ぎ、5年は黒字経営を維持したものの、原油高に伴う燃料費高騰で赤字化。2009/03には政府が鳴り物入りで推し進めた高速道路料金値下げが追い打ちを掛けた。2009年度の人員輸送実績は1997年度の4分の1である。

 2010/06。大麻は大株主である明石市に航路廃止の意向を極秘に伝える。慌てた明石市は、財政支援や職員派遣などの支援策について検討したが、結論は「一企業に対する直接支援は困難」。地方自治法などの制約だった。明石淡路フェリーは関係自治体とともに、再三にわたって国土交通省に支援策を求めるが、実効性のある回答はゼロ。明石海峡大橋の実質値上げとなる高速料金上限制の導入も見送られ、支援につながる公共交通活性化総合プログラムも「事業仕分け」で不要とされた。

 会見後、大麻は疲れ果てた表情でこう語った。

 「国の政策に振り回され、誰も助けてくれない状況にはもう慣れた」

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 会見に同席した明石市長の北口寛人も言葉を選んだ。運航休止を「欠航」とも説明し、「航路再開に向けた歩みの途中だ」と強調した。

 北口は2010/08末、親会社ツネイシホールディングスの撤退の意向を受けた直後から動いた。いち早く淡路ジェノバラインに経営参加を要請。一時は船乗場借地料(計3600万円)の行政負担を条件に航路継続の見通しが立ったが、負担割合や調達方法をめぐり、明石市と淡路3市の足並みはそろわなかった。明石市は2010/10に入り、支援策を盛り込んだ補正予算案提出を断念。行政支援の不透明さに淡路ジェノバラインも難色を示し、航路休止を余儀なくされた。

 明石市と淡路3市の間に見える温度差。淡路側は明石海峡大橋無料化による利用促進策を訴えており、明石海峡大橋への依存度が低い明石市主導による航路再建に警戒心をのぞかせる。

 大麻らの会見が始まる直前。タコのイラストをあしらった名物船「あさしお丸」が明石を離れた。従業員の退職金確保などのための資産売却。船もなく、人もいないフェリー会社。運航再開に向けた展望は荒波にもまれて見えてこない。

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【航路の行方】たこフェリー休止へ (中)海峡の足利用者間の温度差顕著 <神戸新聞 2010/10/17>を添削

 「フェリー休止なら仕事も辞めようかな」

 明石淡路フェリー(愛称・たこフェリー)の休止発表翌日の2010/10/16。ほぼ毎日乗船している男性(64)は肩を落とした。寿司店向け卵焼きを扱う明石市内の食品会社に勤務。この15年、早朝の便に乗っては淡路島内の得意先を回り、夕方に明石に戻るルート営業を続けてきた。明石海峡大橋の開通に伴い、淡路・岩屋ではこの数年、得意先6軒のうち5軒が閉店。「明石と淡路は同じ経済圏で、さらに疲弊する。フェリーがないと商売がやりにくい」とため息をつく。

 たこフェリーが担ってきた海峡間の生活の足。航路存続問題が大詰めを迎えた2010/08末、明石や淡路3市が政府、与党に陳情した際には、5項目にわたるたこフェリーの役割を挙げ、通勤・通学定期利用者が年間延べ8万人近くに上るという実績を強調した。

 ただ、利用者間でも温度差がある。明石に通学する淡路の男子高校生は「休止は残念だが、ジェノバラインの高速船に乗り換えるから影響はない」。徳島から神戸に化学薬品を運ぶトレーラーの運転手(48)は「高速道路の方が便利。ETC割引もある」と話した。

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 淡路の対岸、明石でも休止の波紋が広がる。

 明石淡路フェリーが運航休止を発表する前日の2010/10/14、フェリー「あさかぜ丸」内で瓦せんべいの販売が始まった。明石淡路フェリーのマスコットキャラクター「パパたこ」などをあしらった商品は40種類を超える。「観光資源というより明石の顔。この先どうなるのか」と関係者は心配する。

 明石市のマスコットキャラクターとしては「時のわらし」がいる。ただ、人気、知名度ともにパパたこが上回り、2010/10/23から滋賀県彦根市で始まる「ゆるキャラまつり」に参加するのもパパたこだ。明石淡路フェリー社長の大麻一秀は、かつて「キャラクター事業をフェリーと並ぶ収益の柱に」と意欲を示したが、デビュー10年目にして本業が頓挫した。

 パパたこで知られる航路の休止が、地域にもたらす影響は小さくない。明石観光協会専務理事の榎本伸行は「観光促進やにぎわいづくりの面で痛手」と指摘する。

 2010/10からJRと展開する「グルメスタンプラリー」も明石淡路フェリーは不参加となった。榎本は続ける。「明石駅と明石港を結ぶ中心市街地の動線が弱まる可能性がある。要はまちづくりの問題だ」

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【航路の行方】たこフェリー休止へ (下)存続条件鍵握る公的支援の可否 <神戸新聞 2010/10/18>を添削

 明石海峡のシンボルだった「あさしお丸」はタイの船会社に売却。明石港から出航したのは、運航休止を決議した臨時株主総会の最中だった=2010/10/15 13:20

 「私には勝算に近い確信がある。このシナリオに従えば、必ず航路を存続できる」。明石淡路フェリー(たこフェリー)が運航休止と従業員の全員解雇を決めた2010/10/15。記者会見に臨んだ明石市長の北口寛人は強気に言い放った。

 休止は明石市、淡路市などが航路継承を託す淡路ジェノバライン(淡路市岩屋)の意向だった。北口は「負債が残った状態では引き受けてもらえない。休止は存続の条件整備だ」と力説した。

 だが、「1日の欠航もなく航路を継続する」と公言していた北口にとって、運航休止の容認は苦渋の判断だった。会見で「これで航路が再開できるのか」と聞かれた北口は「淡路ジェノバラインに聞いてほしい」と逃げた。

 明石淡路フェリーは保有する最後の1隻も売却する方針だ。明石市議からは「運航を止めたら利用者は離れる。船もなく従業員もなく、客もないところから再開できるのか」といぶかる声が上がる。

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 前例は11年前にもあった。明石海峡大橋開通で苦境に立たされた当時の運航会社(明岩フェリー)が航路廃止を表明した。事業を継承したのが、明石市、淡路町(当時)などが民間船会社とともに設立した第3セクターの明石淡路フェリーだ。
 しかし、明石市のある幹部は「11年前とは状況が違う」と明かす。当時、明石海峡大橋(神戸淡路鳴門自動車道 垂水~淡路)の普通車料金は2600円だったが、フェリー料金は2300円と優位だった。このため、兵庫県トラック協会などが航路存続を陳情するなど、存続の機運も高かった。だが、大橋は現在、休日1000円、平日も1150~1610円(ETC車)に大幅割引。一方、フェリーは2050円への値下げが限界だった。

 2009年度の赤字は1億7700万円に達した。当初、抜本的な合理化で航路を維持できるとみていた淡路ジェノバラインも、さまざまなシミュレーションを重ねた結果、「経営の内実が不透明」と二の足を踏み、実質的な会社の清算を求めた。

 淡路ジェノバライン社長の吉村静穂は「航路は99%残す。時間はかからない」と明言する一方で「行政支援が必ず必要」と念押しを忘れない。その公的支援の可否が存廃の鍵を握る。

 明石淡路フェリーは前身を含め、56年間にわたって明石海峡を往来し、明石海峡大橋開通以後も地域住民の足として、観光の顔として、存在感を示してきた。高速道路値下げ政策が続く中、ゼロからの再出航の行方は深い霧に覆われている。

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2010/10/18 (Mon.) Comment(0) 神戸の海:明石海峡

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